原点を思い出した日

grytteが関内に拠点を移して、この3月で丸3年になります。
法人化してからも、もうすぐ3年。

「石の上にも3年」と言いますが、正直なところ、座り続けるのもなかなか大変な3年でした。
それでも、なんとかここまで続けてくることができました。

最近、ある方のことで訪問診療に同行しました。
その方は事情があって、なかなか家から外に出ることができません。
でも勉強が好きで、大学に行きたいという希望を持っています。

私は、その方と、私が信頼している精神科医の先生をつなぎました。
長谷川診療所の長谷川洋先生です。

長谷川先生は、何かの基準に合わない人を置いてけぼりにはせず、その人に合わせて一緒に道を模索してくださる方です。

少し難しい相談をしても、
「できません」と断るのではなく、「こんなやり方ならできるかもしれませんね」と可能性を考えてくださいます。

今回も、診療所の診療が終わった後に時間をつくり、その方のところまで来てくださいました。

本人、ご家族、医師、そして私。
みんなで話しながら、これから何ができるのかを一緒に考える時間になりました。

三人寄れば文殊の知恵と言いますが、
一人では思いつかないことも、何人かで考えることで見えてくることがあります。

事情があって家から出ることが難しくても、
諦めなくて大丈夫だということ。
ひとりじゃないということ。

それを言葉だけではなく、行動で示したいと思いました。

その訪問に向かう途中、偶然、以前働いていた病院の前を通りました。
そのとき、ふと思い出したことがあります。

私は病院で働いていた頃、認知症の患者さんと多く関わっていました。
認知機能が落ち、身体能力も落ちていく。
自分で判断することが難しくなり、一人でできることも少なくなっていきます。

でも、その人たちは決して「何もない人」ではありません。

やりたいことがある。
行きたい場所がある。
会いたい人がいる。

そして何より、自分らしく生きていたいという気持ちがあります。

それなのに社会には多くの基準があります。
社会の基準。
医療の基準。
安全の基準。

その中で
「それは無理です」
「危ないからできません」
「仕方ないですね」

そんな言葉が並びます。
でも、その言葉を口にする支援者たちも、本当は葛藤しているように感じていました。

本当は希望を叶えてあげたい。
できることがあるなら応援したい。

それでも、自分の立場や制度の中では「それは難しい」と言わなければならない。
そういう場面を、私は何度も見てきました。

そしてその繰り返しの中で、
本人も支援する側も、
少しずつ「諦めるしかない」と思わざるを得なくなっていく。
そんな現実があるように感じていました。

でも、本当にそうなのでしょうか。

何かの基準に合わない部分があったら、
その人らしく生きることを諦めなければならないのでしょうか。

変えるべきなのは、
その人ではなく、受け入れる側の基準や価値観なのではないか。
私はずっとそう思ってきました。

どんな人も、
社会の基準にぴったり当てはまらなくても、
希望を持って生きていける社会であってほしい。

その人がその人らしく生きられる道を、一緒に探していきたい。

ときには、
その道そのものを切り開いていくことも必要なのかもしれません。
grytteをつくった理由も、きっとそこにあります。

3年という時間が過ぎて、改めて、自分の原点を思い出しました。

そしてここからまた、
小さくてもいいから、
行動しながらその道を切り開いていこうと思います。

あの日思っていたことを、忘れないために。