分からないままで、いい

「やりたいことは何ですか?」

この質問に、すぐ答えられないといけないような空気があります。
やりたいことが見つからないと、まだ動いてはいけない気がしたり、
答えが出ない自分を、どこか未熟だと感じてしまったり。

カウンセリングでも、そんなふうに悩む方の話をよく耳にします。

今日は少し、私自身の話をしてみようと思います。

実は私は、高校1年生の頃から臨床心理士になりたいと思っていました。
振り返ると、かなり早い段階で進路を決めていたほうだと思います。

その道を選び、今もこの仕事を続けています。
今の仕事が好きですし、頼ってくださる方がいることにも、心から感謝しています。
この仕事を選んでよかったと感じる場面が、たくさんあります。

でも同時に、
「これが一生変わらない、自分にとっての唯一の在り方だ」と思っているかというと、そうではありません。

これから先の人生のどこかで、やってみたいことは、いくつもあります。

たとえば、古本屋さんを開いてみたいと思うことがあります。
本を売るだけでなく、話を聴きながら、その人の今の状況に合いそうな一冊を選ぶ。
人生相談を受けながら選書をする、そんな場所です。

また、事情があって自由に旅ができない人のために、旅の企画を考えたり、必要であれば一緒に同行する。
その人の代わりに世界を見るのではなく、
その人の人生の延長線上にある旅を、一緒につくるようなことができたらいいなと思っています。

そしてもう一つ、
駄菓子屋さんの店主にもなってみたいと思ったりもします。
縁側があって、子どもから大人まで、いろんな年代の人がふらっと立ち寄って、
少しおしゃべりをしていけるような場所。
そんな空間をつくれたらいいな、と想像することがあります。

こうして並べてみると、
方向性が定まっていないように見えるかもしれません。
でも私自身は、これを「迷い」だとは感じていません。

心理学には「プロテウス的人間(プロテウス的キャリア)」という考え方があります。
神話の神プロテウスのように、状況や人生の段階に応じて形を変えながら生きていく人のことを指します。

一つの目標や肩書きに固執せず、
その時々の価値観や感覚を大切にしながら、
進む方向を選び直していく生き方です。

プロテウス的な生き方は、一見すると「定まっていない」「ブレている」ように見えるかもしれません。
けれど実際には、他人の正解ではなく、自分の内側を基準に選び続けている、
とても主体的な在り方だと思っています。

カウンセリングルームで「やりたいことが分からないんです」と話される方たちも、
多くは、自分の人生を雑に決めたくない方たちです。
軽く選んでしまうことに、どこか抵抗がある。
だからこそ、立ち止まって考えているのだと思います。

やりたいことが見つからないなら、見つからないまま動いてもいい。
私は、そう思っています。

動いてみて初めて分かることもありますし、
やってみて「違った」と気づくこともあります。
それは失敗ではなく、自分についての理解が、少し更新されたということなのだと思います。

やりたいことが、はっきり決まらないまま、一生探し続ける人生だって、あっていい。
探し続けられるということは、それだけ自分の感覚を大切にし続けている、ということだからです。

答えが出てから動くのではなく、
動きながら、答えを育てていく。
そんな生き方も、とても豊かだと思います。

やりたいことが分からない、というその感覚を、どうか否定しないでください。
それは、あなたが自分の人生を真剣に生きようとしている証なのだと思います。